始まりの道具箱——受け継がれた技術の原点
工房の片隅に、ひとつの古い木箱があります。
針、革包丁、金尺、目打ち、糸切り鋏…。
どれも使い込まれ、道具というより、まるで職人の手の記憶を宿しているようです。
この道具箱は、初代が工房を立ち上げたときから使っていたもの。
今から60年以上前、ものづくりの現場が効率重視へと向かっていた時代に、私たちの工房はあえて「手作り」にこだわることを選びました。
父がよく言っていた言葉があります。
「道具は、手の延長じゃない。魂の延長なんだよ」
最初はその意味が分かりませんでした。
でも、何万回も革に触れ、何千という鞄を仕立てた今、少しずつその言葉が心に沁みてきます。
職人の技術は、道具に宿ります。
そして道具をおろそかにする人に、本当の手仕事はできません。
だから私たちは、毎朝まず道具を整えるところから一日を始めます。
包丁を研ぎ、針先を見つめ、金尺の狂いがないかを確かめる。
その時間は、心を整える儀式のようでもあります。
私たちが鞄をつくる理由は、「売るため」ではありません。
使う人の暮らしに寄り添い、「この鞄でよかった」と思っていただけること。
その気持ちがあるからこそ、技術も、道具も、手間も惜しみません。
この道具箱は、私たちの原点です。
そして今日もまた、箱を開けながら思うのです。
「まだまだ、探究の旅は続く」と。